2020年04月10日

【訃報】関根潤三さんを悼む・・・87年~89年のヤクルト監督時が最も印象深い、当時の私は「巨人嫌いのヤクルトファン」でしたから・・・ホーナー現象、長島一茂入団、「イケトラ」池山隆寛と 広沢克己の成長など、中身の濃い3年間でした

亡き女房の「遺品整理」をする毎日で
体力的にも精神的にもほとほと疲れて
いますが、そんな中、昨日、思わぬ
訃報を聞き、ショックを受けました。

元近鉄の「二刀流」の選手で、大洋と
ヤクルトで監督を務めた関根潤三さん
がお亡くなりになったと。

享年93歳。

大往生です。

近年はそのお姿をテレビで拝見する
こともなく、ラジオの解説でも聞く
ことはほとんどなかった。

「大丈夫かなあ」と時折思っていま
したが、「来る時が来てしまった」
という思いです。

私にとって、関根さんの現役時代は
知る由もありません。

なにしろ、今日私はサンケイスポーツ
と報知新聞の2紙を購入しましたが、
確認すれば、関根さんの現役最終年は
1965年。

私が生まれる5年前です。

印象深いのは、私がプロ野球を本格的に
見始めた1987年~89年のヤクルト監督時
です。

この当時、私は「巨人嫌いのヤクルト
ファン」でした。

思えば、今から7年くらい前に私は
「80年代スポーツ新聞コレクション」
というブログをやっていました。

私は当時のスポーツ紙をいまだに保存
していましてね。

・・・まあ、女房が亡くなって遺品整理に
私と娘が大変な思いをしていますから、
減らそうとは思っていますが、それは
さておき。

当時のブログ記事のタイトルとリンクで
振り返って参りましょうかね、ここは。

まずは、関根監督の采配についての紙面
はこれです。↓

・【1989年一面コレ89】亡き父と語り合った、「関根采配はなんだ?」・・・この時のサンスポ紙面です

http://arayama-ichimen.seesaa.net/article/379546948.html


「関根のバカヤロー」と当時は思って
いました。

勝てる試合を落とすくらい腹立たしい
ことはありません。

でもねえ、87年からの3年の「関根
政権」下のヤクルトは、当時、巨人
一辺倒のスポーツ紙をも時に凌駕
する勢いがあったことだけは指摘
しておきたい。

今でこそ、巨人以外の球団や話題が
一面になることは増えましたが、
当時はそうではなかった。

「勝っても負けても巨人が一面」
でしたから。

そんな中、87年に颯爽と登場した
のが大リーガーのボブ・ホーナー
でした。

2試合目で3ホームランを放った時の
紙面をどうぞ。↓

・【1987年スポーツ紙一面コレクション3】「ホーナー 3発」一面・・・今でも震える「伝説」の瞬間

http://arayama-ichimen.seesaa.net/article/300916531.html


87年のシーズンオフには長島一茂を
ドラフト1位で獲得し、その後、3か月
くらいは「長島」の二文字が連日、
スポーツ紙の一面を飾ったものです。

ここでは、長島がプロ初ホームランを
飾った時の紙面を載せておきましょう。↓

・【1988年一面コレクション18】長島、ガリクソンからプロ初ホームラン!

http://arayama-ichimen.seesaa.net/article/311098226.html


また、長島に関して言えば、今日の
サンスポと報知にも書いてありました
が、お父さんの長嶋茂雄さんが解説を
した時に、関根監督が一茂を代打で
起用し、解説席の茂雄さんに目くばせ
したことはもはや伝説です。

この時の紙面もどうぞ。↓

・【1988年一面コレクション37】長島茂雄さんがラジオ解説をしたら、一茂がヒット、デシンセイがサヨナラ

http://arayama-ichimen.seesaa.net/article/314562502.html


この「采配」が一番印象深いかなあ、
関根監督としては。

あと、関根監督と言えば、やっぱり、
池山隆寛と広沢克己の「イケトラ」を、
なんぼ三振しても使い続けては、特に
池山はホームランバッターとして成長
させてくれたという、これこそが関根
監督の最も大きな功績だと私は思って
います。

池山の一面で最も印象的なものを掲載
しておきます。

日刊スポーツで初めて一面になった時の
紙面です。↓

・【1988年一面コレクション17】画期的な「池山一撃、矢野プロ初完封」一面の日刊スポーツ

http://arayama-ichimen.seesaa.net/article/310950685.html


まあねえ、この頃の「関根ヤクルト」に
ついての話は語り始めれば尽きませんよ。

最後に、私が当時大好きだった荒木大輔
の一面も掲載しておきましょう。

・・・もっとも、「ホーナー」がデカ字に
なっていますがね。↓

・【1987年一面コレクション13】荒木が好投し、ホーナーがV弾!

http://arayama-ichimen.seesaa.net/article/303115001.html


なんだろうなあ、やっぱり、中身の濃い
3年間でしたよ、「関根政権」は。

関根さんが蒔いた種が、後任の野村克也
さんによって花が開いた、とまでは
言いません。

でもねえ、球界に足跡を残したことは
間違いない。

ノムさんが言っていた「人を残した」
という点では、やはり、関根さんの
功績だって、大きいものはあった。

無念です。

関根さんのご冥福をお祈りいたします。



*関根さんの著書とサインです。↓









posted by あらやまはじめ at 22:45| 神奈川 | Comment(0) | 東京ヤクルトスワローズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする






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