2020年04月26日

【訃報】小島一慶さんを悼む・・・TBSラジオ「森田公一の青春ベストテン」に出演していたのは43年前ですか、私にとっては音楽の原体験をサポートして下さった恩人の一人です、ご冥福をお祈りいたします

思わぬ訃報が入り、ショックを受けて
います。

元TBSアナウンサーの小島一慶さん。

75歳になっていたんですねえ。

ちょっと、振り返って参りましょう。

私がなぜ、小島一慶さんのことを
覚えているのかと言えば、それは
私が小学二年生の頃、当時、千葉県
市川市に住んでいましたが、日曜の
朝、TBSラジオの「森田公一の青春
ベストテン」を聞きながら、朝食を
用意した記憶があるからです。

当時、我が家は日曜の朝だけは、
パン食でして、私は幼心に楽しみ
にしていたんですなあ。

楽しみにしていたからこそ、両親が
まだ寝ている早朝から起きては、
パン食のための皿や、紅茶のカップを
用意したした記憶がいまだにあります。

小島さんは森田さんの番組のアシス
タント役でした。

もう43年くらい前の話です。

「森田公一の青春ベストテン」、
私は朝食を取りながら、ランキング
を紙に書いていました。

その紙は引越を繰り返したが故か、
いつの間にか、どこかへ消えて
しまいましたが、私にとっては
「音楽の原体験」だったように
思います。

ちなみにあの頃のヒット曲と言えば、
アリスの「チャンピオン」とか、沢田
研二さんの「LOVE(抱きしめたい)」、
あるいは、桜田淳子さんの「サンタ
モニカの風」あたりでしょうか。

(*アリスの「チャンピオン」。
今も持ってます、レコードで。↓)




キャンディーズの「微笑がえし」も
あの頃でしたねえ。

小二の頃、学校帰りに友人と沢田研二
さんの「LOVE(抱きしめたい)」を
替え歌にして歌った記憶もあります。

(*沢田研二さんの「LOVE(抱きしめ
たい」のジャケット! ↓)




その直後に私は父の仕事の関係で
仙台に転校しましたが、小六の頃まで
ほとんど歌を聞かなくなってしまった。

やっぱり、「森田公一の青春ベストテン」
並びに小島一慶さんの影響があまりにも
大きかった反動だったのだろうと、今では
思っています。

仙台では流れていませんでしたからね。

私が再び歌に興味を抱くきっかけに
なったのは、同じTBSラジオの小川哲哉
さんの「毎日がベストテン」を遠い
仙台から聞くようになってからですが、
それはさておき。

小島さんの訃報、つくづく無念です。

私にとって、音楽の原体験をサポート
して下さった恩人の一人。

ホント、最近はこういう稀有な人材の
訃報を聞く度に、つらくてつらくて
仕方がありません。

私もトシを取ったのでしょうが、先に
女房も失くして、訃報を聞くたびに、
「周囲の人にとっては、もっとつらい
だろう」と思わずにはいられません。

声しか覚えていませんが、幼少時の
私にとって、小島さんは間違いなく
「ヒーロー」の一人でした。

ご冥福をお祈りいたします。



*森田公一とトップギャラン、たまら
ない! ↓





posted by あらやまはじめ at 21:43| 神奈川 | Comment(0) | ラジオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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