2020年01月18日

【訃報】元中日の高木守道さんを悼む・・・私の世代では、1994年の「10.8」の時の中日監督のイメージが最も大きい、ご冥福をお祈りいたします

昨晩、私が寝る前でしたか、その訃報が
飛び込んできて、驚きました。

元中日の選手であり、監督も務めた
高木守道さんがお亡くなりになったと。

78歳でしたか・・・。

高木守道さんって、私が幼少時の頃、
既に大スターでしたが、その現役
時代のことはほとんど覚えていません。

今日、私は東京中日スポーツを購入
して、守道さんの軌跡を確認しま
したが、現役引退は1980年。

私が10歳の時ですから、ほとんど記憶
にありません。

むしろ、最も記憶に残っているのは、
それから14年後、守道さんが中日の
監督として、当時の長嶋茂雄監督が
率いる巨人と最終戦まで優勝を争った
「10.8」ですよ。

はっきり言って、私はあの日、中日の
逆転優勝を疑っていませんでした。

なにしろ、先発が当時の中日の大エース、
今中慎二さんでしたから。

今中さんはあの年、巨人には確か、
負けていなかったんですよ、それまで。

ところが、長嶋巨人に「完膚なきまで
にやられた」。

当時の巨人にはその数年前、FAで当の
中日から落合博満さんが移籍していま
したが、その落合さんが先制2ランを
放った時点で、私は「終わった」と
思った。

ああいう大一番では、先制したチームが
勝つんです。

巨人は当時の三本柱を惜しげもなく投入
しては、勝ち切った。

まあ、あの当時の巨人は強かった。

守道さんは逆に「悲運の名将」として、
中日を去ることとなりましたが・・・。

その後、落合博満さんが中日の監督と
して8年連続Aクラスの偉業を達成した
にも関わらずクビを切られ、その後釜
として登場したのが、またしても守道
さんでした。

2012年でしたか。

その頃の守道さんは既に「好々爺」然と
していまして、「勝負師」という感じ
ではなくなっていました。

試合中に「寝ているんじゃないか」と
思われるようなこともあり・・・。

結果、それ以降、中日はAクラスに
返り咲くことはなく、ずっとBクラス
の成績に甘んじています。

功罪相半ばする監督ではありましたが、
少なくとも、選手時代の守道さんは
球史に残る大スターであったことは
間違いない。

子供心にその名前を覚えているプロ
野球選手は私にとってはおそらく
十数名でしてね。

その中の一人だったわけです、守道
さんは。

中日の選手では断トツの存在。

それだけは間違いない。

実際、今日のスポーツ紙は、東中だけ
でなく、ほとんどが守道さんを一面に
していました。

球団の垣根を越えて、認識されたのは
もちろん、愛されていたからこそ、
ライバル紙の報知新聞でさえ、守道
さんを一面にしました。

最後の最後に守道さんがこれだけ
大きく取り上げられたことが何より
のはなむけだと思います。

ご冥福をお祈りいたします。




*高木守道さんの関連グッズ、一気に
紹介しておきます。↓












posted by あらやまはじめ at 23:50| 神奈川 ☔| Comment(0) | 中日ドラゴンズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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