2016年04月24日

【サンスポ・訃報】元巨人、ロッテの山本功児さんを悼む…三紙で一面になるということは、スポーツ紙の読者層が私よりも上であることを、図らずも物語りましたね

私が子どもの頃、「ヤマモト
コウジ」という選手が二人
いたことは、非常に印象に
残っています。

有名だったのは、広島カープ
の山本浩二さんの方です。

一方、チームとしては広島
よりもずっと人気のあった
巨人に、もう一人の「ヤマモト
コウジ」がいました。

それが、山本功児さんです。

私が子どもの頃は、よく友人
たちと「巨人のヤマモトコウジ
は…」なんてことを話したもの
です。

たいてい、失礼ながら、ばかに
していましたが…。

そんな「ヤマモトコウジ」さん、
いや、山本功児さんが昨日、
お亡くなりになりました。

64歳ですから、まだまだ若い。

肝臓がんでしたか…。

しかしねえ、山本功児さんは
巨人からロッテに移籍してから
花が開いたという印象があり
ます。

残念ながら、当時のテレビでは
巨人戦しか見られませんでした
から、新聞でチェックするくらい
しかできませんでしたが、84年
には3割を打って、ゴールデン
グラブ賞も獲得したことは、
子ども心にもよく覚えています。

それにしても、今日のスポーツ紙
をコンビニでチェックして、気が
付いたことがあります。

山本功児さんを一面にしていた
のは三紙。

私はサンケイスポーツを購入
しましたが、正直、私は今日の
スポーツ紙で山本功児さんを
一面に持ってくるところが
あるとすれば、報知新聞だけ
だと思っていました。

これが、何を意味するのか?

スポーツ紙の読者層は、私よりも
年上だということです。

つまり、40代半ばよりも上、と
いうことですな。

図らずも物語りましたね。

私はそんなに山本功児さんの
現役時代は知りませんから。

ロッテの監督をした時期も
ありましたが、当時のロッテは
そんなに強くなかったことも
あり、あまり印象には残って
いません。

やっぱり、「元巨人」だから
こそ、一面になった。

ましてや、「長嶋一次政権」で、
王貞治・現ソフトバンク会長と
一塁のポジションを争ったと
いう「物語」がある。

古き良き時代の巨人の象徴の一人。

長嶋さんと王さんの「惜しむ声」も
サンスポの一面に載っていました。

これがすべてです。

山本功児さんのご冥福をお祈り
いたします。

posted by あらやまはじめ at 18:55| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読売ジャイアンツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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