2014年09月02日

球団の垣根を越えて愛された選手、稲葉が引退ですか…お疲れ様でした、と言いたいですね

今朝のラジオのニュースを聞いて
いたら、「えっ?」と驚きました。

日本ハムの稲葉が引退すると。

今日会見も行い、正式に今季限りでの
引退を表明しました。

この稲葉について、今日は少し振り
返ってみたいと思います。

90年代の後半にヤクルトに入団して、
出てくるのは早かったと記憶しています。

あの当時、ヤクルトは野村監督の元、
「黄金時代」と言ってもいい布陣を
敷いていましたが、その中でもレギュラー
を取るのは早かった。

それだけ、期待も大きかったのでは
と思われます。

しかし、野村監督が去った後の稲葉に
関して、私はほとんど記憶がありません。

それは、私が仕事に忙しかったことも
ありますし、娘が生まれて、野球どころ
ではなかったという事情もあります。

2004年のオフには、大リーグに挑戦
するも、オファーがなく、日本ハムに
「拾ってもらう」形で入団しました。

これは覚えています。

ただ、この頃には「稲葉は終わった
選手」という印象は否めませんでした。

しかし、日本ハムに入団してからの
稲葉は、再生したというか、むしろ
グレードアップしました。

これはねえ、本人の努力も去ること
ながら、新庄剛志が日本ハムにいたと
いうのも大きかったのではないかと
私は邪推しています。

新庄が日本ハムに与えた影響という
ものは、私はいまだに大きいと思って
いて、日本ハムが北海道に根付く
最大の要因になったのではと思って
います。

稲葉は、そのウェーブに乗った、と
言えなくもない。

それは、今、西武で頑張っている
森本稀哲も一緒でね。

ファンに魅せるプロ野球、という、
新たな視点が加わり、それが稲葉を
もう一歩成長させたのではと私は
勝手ながら思っています。

2006年には日本ハムを44年ぶりの
日本一に導いた。

功労者の一人と言って間違いはない。

その翌年には、初のタイトルとなる
首位打者を獲得しました。

この頃が、稲葉の全盛期だったと
言っていいでしょう。

2年前の2012年には、2000本安打を
達成し、当ブログでも大々的に取り
上げました。

今年はケガもあり、出遅れていた
とは思っていましたが、まさか、
ここで引退を表明するとはねえ…。

残念ですね。

彼の場合、五輪やWBCにも出ていた
から、球団を問わず、ファンも多かった
はず。

今日は娘に「日本ハム戦、見ないの?」
と言われ、久々に日本ハム×楽天戦を
見ています。

稲葉が代打で出てきたら、拍手だな、
これは。

球団の垣根を越えて愛された選手、
稲葉篤紀、あなたは素晴らしい選手
でしたよ。

今季最後まで、私もその動向を追って
いきたいと思います。 


posted by あらやまはじめ at 19:26| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道日本ハムファイターズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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