2014年01月03日

【追悼】大瀧詠一さんを悼む・・・掃除のバイトのあんちゃんが歌っていて、偉大だと思いましたよ

ちょっと、遅くなりました。

大晦日にお亡くなりになった、大瀧詠一
さんについて、ちょっとお悔みを申し上げ
ると共に、少し語らせてください。

私は、1982年の後半からオリコンを
読み始めた世代でしてね。

その前年、大瀧さんは、かの名アルバム
「ロング・バケーション」を大ヒット
させ、その頃には既に「大御所」の
イメージがありましたね、私には。

この頃、オリコンには読者投稿欄なる
ものがありましてね。

よく載っていたのが、「大瀧さんが、
次のナイアガラのアルバムでだれと
組むか」という話題でした。

また、1984年にはアルバム「イーチ・
タイム」を出し、これも初登場で
オリコン1位になりました。

その後も、「いつ大瀧さんはアルバム
を出すのか」という話題でもちきり
でしたが、結果的には、このアルバム
がオリジナルとしては最後のアルバム
となってしまいました。

これだけの才能がありながら、ソロの
アルバムを30年も出さずに、亡くなって
しまった。

痛恨の極みとしか言いようがありません。

ただね、他の歌手に提供した大瀧さんの
曲は結構残っていて、森進一さんの
「冬のリヴィエラ」ですとか、小林旭
さんの「熱き心に」ですとか、名曲中
の名曲をいくつも残しています。

ソロでは、ヒットはしなかったものの、
85年に出した「フィヨルドの少女」
なんて曲も私は好きでした。

それより、大瀧さんの偉大さを知った
のは、ひょんなところからでした。

私は1990年1月からアメリカへ留学する
ことになりますが、それまで数か月間、
仙台で掃除のバイトをしていました。

この時に、バイトの、いかにもロック
好きなあんちゃんがいたのですが、
掃除をするため、車に一緒に乗り、
客先に向かうとき、大瀧さんの「君は
天然色」がラジオから流れました。

そしたら、そのあんちゃんが口ずさんで
いるではありませんか!

これは、いまだに覚えていましてね。

「ロック好きの不良少年でさえも、
大瀧さんの曲は好きなんだ」

とね。

意外な発見でした。

あと、近年では、私がよく聞くニッポン
放送に時折ゲスト出演していたのを
思い出しますね。

高田文夫先生の「ラジオビバリーヒルズ」
とかにね。

大瀧さんは、本当に「博士」のような
方でねえ。

なんでも知っている、という印象でした。

ユーモアもありましたしね。

そういえば、金沢明子さんの「イエロー
サブマリン音頭」のプロデュースをした
のも大瀧さんでした。

そう思えば、数々の功績を残して下さい
ましたねえ、日本の音楽界に。

まだ65歳でしょう?

ホントにねえ・・・。

惜しい方を亡くしましたよ。

願わくば、ラジオだけでなく、テレビ
にもたまには出てほしかったという感
はありますが・・・。

こればかりは、本人の信条だったのかも
しれません。

それ以上は求められませんよ。

私はいまだに、四半世紀前に購入した
CDの「ロング・バケーション」を持って
います。

明日あたり、もう一度聴いてみましょう
かね。

冬ですがね。

ご冥福をお祈りいたします。


*これは、30周年記念盤ですね。↓


posted by あらやまはじめ at 22:29| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック






「いいね!」はコチラ!↓

にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ
にほんブログ村

にほんブログ村 テレビブログ ラジオ・ラジオ番組へ
にほんブログ村