2011年11月07日

【訃報】急死? 抹殺? 元横綱・隆の里の鳴戸親方

無念です。

またしても、相撲界の大切な人材が
「抹殺」されました。

今夕、元・第59代横綱隆の里の
鳴戸親方が急死とのニュースが
入りました。

今場所、鳴戸部屋の出世頭である
関脇・稀勢の里の大関昇進がかかって
います。

そんな中、鳴戸親方、さらには、
稀勢の里も絡んだ、「弟子への暴行」
が週刊誌で取り沙汰され、放駒理事長
も「これから、本人にも調査する」と
言っていた矢先のこの急死です。

これを「抹殺」と言わずして、何を
抹殺と言えるでしょうか?

以前にも似たようなことがありました。

相撲界の八百長についての本を出版
しようとしていた、大鳴戸親方(元
高鐵山)と、その関係者が同日、同じ
病院で亡くなるとの悲劇です。

未だ、謎ですが、私は「陰謀説」を
疑ってやみません。

ありえないことがあってはいけない
のです。

そして、今回の鳴戸親方、これも
「ありえないこと」ですよ。

見えない力が相撲界には蠢いています。

今回、鳴戸親方もその犠牲になったの
でしょう。

一相撲ファンとして、無念です。

少し、「隆の里」について話させて
ください。

彼は、私がファンだった二代目若乃花
(現・間垣親方・・・今、車椅子生活
ですが)と一緒の列車で青森から上京し、
二子山部屋に入門しました。

同期の若乃花(横綱になるまでは
「若三杉」でしたが)に出世争いでは
負け、先に若乃花が大関・横綱になり
ましたが、晩年ケガに悩み、早くに
引退を余儀なくされました。

その後です、隆の里が台頭してくるのは。

昭和57〜58年頃でしょうか、当時は横綱
千代の富士が圧倒的な強さで、そろそろ
「他の力士は何をやってるんだ」という
時期でした。

そこへ現れたのが、「ポパイ」隆の里
でした。

糖尿病を克服し、30歳を過ぎて横綱に
なった隆の里、当時人気のドラマに
あやかって「おしん横綱」とも言われ
ました。

全盛期は、短かったですが、とにかく
千代の富士に強かった、という印象が
強烈に残っています。

全勝優勝も含め、4回幕内優勝を飾り
ましたが、高齢だったこともあり、
短命横綱で終わったのは残念でした。

親方になってからも、現在の稀勢の里
を始め、数々の力士を育ててきました
が、「厳しい」ことで有名でした。

それは、親方自身が「厳しさ」に耐えた
からこその厳しさだったと思いますが、
時に理解されないこともあったことは
事実です。

それが、今回の「騒動」につながり
ました。

でも、「葬る」ことはないだろう!

暗澹たる、どんよりした相撲界の悪しき
一面がまた今回、何者かの「見えない力」
によって、隆の里を「抹殺」してしまった
・・・。

あっちゃいけない、こんなことは。

何度同じことを繰り返せばいいのか、
日本相撲協会は?

これでは、弟子の稀勢の里も、九州場所
の相撲を取りづらくなるでしょう。

もう、いい加減にしてくれよ。

相撲ファンをどこまで愚弄すれば気が
済むのか?

オレは、納得いかない。

新聞には期待できないから、週刊ポスト
あたりで、徹底追及して頂きたいもの
です。

なにはともあれ、隆の里、いや、鳴戸
親方、私は、現役時代のあなたに勇気
づけられました。

ご冥福をお祈りいたします。
ラベル:隆の里 鳴戸親方
posted by あらやまはじめ at 21:30| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 大相撲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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