2017年09月11日

東スポ一面の「掛布二軍監督 電撃退任 本当の理由」は、読んで「なるほど」です・・・そもそも、掛布さんを指導者にするのが遅すぎましたよ、阪神は

久々に東スポの話題を一つ。

今日は新聞休刊日でしたが、私は
夕方東スポを久々に購入しました。

その一面の見出しは、次のとおり
でした。

・掛布二軍監督 電撃退任 本当の理由


阪神は先頃、掛布二軍監督を「2年契約
満了」との理由で、今季限りでの退任を
発表しました。

これ、関西ではおそらくどこも一面で
話題にしているのでしょうが、関東では
デイリースポーツが一面にしたのみ。

正直、よく分かりませんでしたが、
今日の東スポを読んで「なるほど」
と思いました。

ようは、「スパルタ式」の金本監督と
野球観の違いが元々あり、2年契約も
今季で終わることから、契約を延長
しなかった、というのが実情のようです。

金本監督とウマが合えば、あるいは
二軍でよほどの成績を残していれば
掛布監督の契約延長もあり得たの
でしょうが、正直、掛布さんもそこ
までは固執していなかったのでは
ないでしょうか。

そもそも、阪神は掛布さんを指導者
にするのが遅すぎましたよ。

掛布さんは現在62歳。

60歳になってからやっと指導者と
して呼んだというのは、あまりにも
遅すぎた。

というか、「ミスタータイガース」に
対して、冷や飯を長年食べさせ
すぎた。

掛布さんが現役を引退したのは、
確か、32、3歳くらいの時でした。

成績不振が続き、また、自動車事故を
起こすなどして、当時の久万俊二郎
オーナーから疎ましがられたことも
あり、85年の優勝からわずか3年で
引退を余儀なくされた。

この久万オーナーが長年君臨しました
からねえ。

久万さんの目の黒いうちは、掛布さん
は阪神の指導者になれなかった。

2011年に久万さんが亡くなり、それ
からでしょう、阪神も掛布さんに声を
かけるようになったのは。

実際、2013年10月から「打撃コーディ
ネーター(DC)」として関わるようになり
ましたから。

あれだけ球団に貢献した名選手を、
若い頃の過ちで20数年「干した」
わけですから、久万さんの執念も
ものすごいものがありましたが、
それにより、阪神は掛布さんという
スターを長年失うことになったのも
事実です。

私は仙台出身ですが、初めて仙台に
住み始めたのは小学3年の終わり頃
でして、それまでは千葉県市川市に
4年余り住んでいました。

その頃、プロ野球の選手名鑑を見て
選手を覚えたのですが、掛布さんは
その頃から知っている「大スター」
でした。

「ミスタータイガース」は掛布さん
以来出ていないわけですしね。

「だれもが認める」という点では。

還暦を迎えた掛布さんを二軍監督に
呼んだのは、阪神のせめてもの
罪滅ぼしでしょうが、遅すぎた。

「若い頃に掛布さんが監督になって
いたら・・・」と私でさえ思う時があります。

勝てたかどうかは別としてね。

二軍監督を退任させると言っても、
阪神は掛布さんを手放してはいけ
ませんよ。

おそらく、掛布さん以上に知名度の
ある「元阪神選手」はいない。

最後の「ミスタータイガース」で
あり、阪神では最後のスーパー
スターです。

それなりの役職なりポストなりを
与えて、処遇してくれることを切に
願いたいと思います。



*「背番号31番」と言えば、今でも
私にとっては掛布さんです。↓










posted by あらやまはじめ at 21:13| 神奈川 ☁| Comment(0) | 阪神タイガース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする






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