2013年10月02日

【訃報】克美しげるさん…16歳で家出した時、あなたのカラオケ教室の引っ越しを手伝ったんですよ、私は

今日は、開幕23連勝のマー君が一面の日刊スポーツを購入しましたが、芸能面を見たら思わぬニュースを見つけ、ちょっと書かずにはいられなくなりました。

克美しげるさんが今年の2月にお亡くなりになっていたと。

克美さんは、1963年に「エイトマン」、1964年に「さすらい」と大ヒットを飛ばし、1964年〜65年にはNHKの紅白にも2年連続出場。

しかし、1976年、愛人を殺害し、懲役10年。

1984年に出所後は、カラオケ教室を開いて成功しましたが、1989年に今度は覚せい剤で逮捕。

それ以降は、「過去の人」となっていました。

私がなぜ、克美さんを今日、このブログで取り上げたかといえば、それは、1986年ですか、私が16歳になったばかりの頃、彼のカラオケ教室の引っ越しを手伝ったことがあったからです。

私は、高校1年の冬休み、16歳になったばかりの頃に、当時住んでいた仙台を片道切符で家出したことがありました。

その詳細についても記したいところですが、相当長くなりそうですので、以前、「社労士ブログ」で書いた記事をご参考頂ければ幸いです。

(「おトクな社労士」ブログの当該記事です。↓)
http://ara-sharoushi.seesaa.net/article/375037598.html

さて、東京は上野に出てきた若き日のあらやまですが、いろいろありまして、すぐに「やっぱり仙台に帰ろう」と思いました。

しかし、片道切符で来たので、カネがない。

そこで、年齢を偽って(18歳と)、日払いのバイトをしたんですよ。

その時の仕事が、克美さんのカラオケ教室の引っ越しでした。

私は克美さんの名前は、一応知っていました。

歌謡曲マニアでしたから。

ですが、曲は知らなかったし、顔も分からなかった。

後で、仕事が終わった後、ベテランの作業員が「しげるちゃん、トシ取ったなあ」と語っていましたので、引っ越しの現場には克美さんもいたのでしょう。

私はねえ、死ぬまで克美さんのことは忘れないと思います。

なぜなら、この一件があったから。

ちょっと計算してみましたが、あの時、克美さんは49歳前後だったんですねえ。

ちなみに、家出から仙台に戻ったときに、この話を両親にしたら、今は亡き父は「克美しげる? ああ、あの悪いことした人か」と言っていたのを今でも思い出します。

カラオケ教室がどこにあったのかも覚えていませんが、確か埼玉方面だったのでは?

あれから、27年。

亡くなってから、8か月経って、やっとこうして表沙汰になった。

克美さんの全盛期は、私が生まれる前の出来事ですから、全く存じ上げませんが、この「引っ越し」の一件だけでも、私はお世話になった恩がある。

あそこで日雇いの仕事ができなければ、仙台に帰れなかったわけですから。

何の因果か分かりませんが、こうして一度だけでもお目にかかることができたのは、なんらかの意味があったのかもしれません。

75歳ですか。

私の父よりも年上だったんですね。

いろいろありましたが、ご冥福をお祈りいたします。


*克美さんの「エイトマン」は、こちらで聴けるようですよ。↓





posted by あらやまはじめ at 18:51| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする






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